●はじめに●
循環器領域における運動負荷試験は、心電図や血圧を主な観察項目とし、潜在性心疾患の検出や虚血誘発を目的として行われてきました。最近では心不全患者の予後推定指標として最高酸素摂取量(PeakVO2)が最も有力であるとされ1)、心臓移植の候補者選定にも用いられる様になり、心肺運動負荷試験の重要性が認識されるようになりました。運動負荷に呼気ガス分析を併用することにより、今まで得られなかった数多くの指標が得られる様になりましたが、それらの指標の測定法や解釈についての知識はまだ十分普及しているとは言い難いと思います。そこで運動処方研究会(CEPP:)では各指標の持つ運動生理学的意味、測定法ならびに臨床的意義などについて以下のように解釈し、概説することとします。
●負荷プロトコールと呼吸循環応答●
1)一段階負荷試験に対する生理的反応(図1)
一段階負荷は負荷に対する呼吸循環系指標の応答を分析する上で最も基本となるプロトコールです。特定の指標、特に酸素摂取量(VO2)の負荷開始時ならびに回復過程における応答速度や変化量を計測するの野に適しています。一段階負荷試験の運動強度は通常ramp負荷試験で求めたanaerobic threshold (AT)レベル以下で行われます。もし運動強度がATレベルよりも高く設定された場合、VO2は3分以内に定常状態に入らず、ガス交換比(R:VCO2/VO2)も上昇し続けますが、AT以下ならば3分以内に定常状態に入ります。
一段階負荷開始後のVO2の応答は第I相、第II相、第III相に分類されています4)。第I相は末梢から安静時の静脈血が肺に戻るまでの時期でVO2は急峻に増加すます。この相では動静脈酸素含有量格差が変化しないのでVO2の増加は肺血流量の増加、すなわち心拍出量の増加を反映してます。二酸化炭素排出量(VCO2)もVO2と同じ比率で増加するためRは変化しません。第II相は運動開始後、混合静脈血ガス濃度が変化している時期。この相は第I相に続いて、定常状態に達するまでの間のガス交換の変化を反映します。VO2は第I相の終了時より比較的ゆっくりと指数関数的に増加します。第II相は運動中にガス交換からみた定常状態の時期で混合静脈ガス濃度が一定となった時相です。負荷量がAT以下ならVO2は3分以内に定常状態に達し、AT以上の場合は徐々に増加を続けます。
2)ramp負荷試験(直線的漸増負荷法)
ramp負荷試験は運動強度を直線的に増加させる方法で5)、特徴は各指標の動きが比較的単純化されるところです。特に心拍数やVO2はほぼ直線的な増加が得られます。この負荷法からはpeakVO2やATなどの重要な運動耐容能指標が測定できます。ramp負荷法は自転車エルゴメータの場合、0~20 watts 4分間のwarm-upに続いて、6秒毎に1watt、または3秒毎に1wattずつ増加させる負荷を行います。運動習慣のある例やスポーツ選手にはさらに急峻なslopeのプロトコール(30~40 watts/min)を適用してramp負荷が8~12分間で終了するようにします。またトレッドミルでは時速1km 4分間のwarm-upに続いて、VO2予測式を用い、可能であれば連続的に、または15~30秒毎に速度と傾斜を増加させてVO2が直線的に増加するプロトコールを使用します2)。
●一段階負荷から得られる指標●
VO2の解析にたっては、複数回breath by breathで測定しデータを重ね合わせれば理想的ですが、通常は1回の負荷試験のデータを1~3秒ごとの時系列データに変換後5~8ポイントの移動平均をかけて観察します。
1)第I相のVO2変化
VO2の増加量と第I相の持続時間を計測します。増加量は運動開始時の心拍出量増加が多いほど大きく、持続時間は循環時間が短いほど短縮し、正常例では15~30秒です。
2)第II相VO2立ち上がり時定数(τon)
第II相は指数関数的にVO2が増加するので指数回帰し、時定数としてその応答速度を求めます。時定数(τon)は安静時から定常状態の1/e(約63%)に達するまでの時間です。この指標は運動開始時の心拍出量と動静脈酸素含有量格差の応答を反映します。しかし運動開始時に心拍数が増加しない例やきわめて強い心不全例を除いて、心拍出量との相関の方が強いです。また、心拍出量は一回拍出量と心拍数の積ですから、運動開始時の心拍数の増加が強い例ほどその応答は早くなります。年齢が高くなると延長し、同一例でも運動強度が高いほど延長します。正常例では20 watts開始時で約20~40 secです。(図2)
3)第III相のVO2
第III相のVO2は定常状態となるので、その運動を維持するために必要な酸素消費量と等しく、個体としての運動効率が求められます。正常例ではトレーニングにより運動効率が改善し、一定負荷量に対するVO2は減少します。また、心不全患者では主に血流の再配分により、やはりVO2は減少し、これは代償機転の一つと考えられています5)。20 watts一定負荷に対するVO2の正常値は9~10 ml/min/kgです。この与えられた負荷に対するVO2の絶対値は後に述べるΔVO2/ΔWRを規定するもっとも重要な因子になります。
4)ΔVO2(6-3)
一定運動負荷中の6分目と3分目のVO2の差をさします。前述のように運動負荷がAT以下であれば、VO2は3分以内に定常状態に達しますが、AT以上であれば定常状態達しません。従って被検者にとって負荷量がAT以下であればΔVO2(6-3)は0であり、AT以上であれば0より大となります。そこで、被検者のATを上回る一段階負荷を行えば、被検者のATの増加に伴ってΔVO2(6-3)は減少して行きます。6)。
5)回復期VO2時定数(τoff)
運動終了後の回復期早期の酸素摂取量減衰曲線は運動中の酸素不足(O2 defficit)を反映しています。従って、運動耐容能が高く、酸素負債(O2 debt)の少ない例ほど酸素摂取量の減少が速い。当然、運動強度が弱いと時定数は短く、強いほど延長します。通常健常例では負荷終了直後から2分、心疾患例では3~4分目に変曲点があるので、そこまでを指数回帰して時定数を求めます。自覚的最大負荷後の時定数は正常例で50~60 secであす(図3)。
●ramp負荷試験で得られる指標●
ramp負荷中のVO2は直線的に増加します。一方VCO2とVEは低い運動強度では直線的に増加しますが、強い運動強度になると非直線的な変化を示します。これは運動強度が高くなってATを越えると無気的代謝により乳酸生成が増加し、それがHCO3-で緩衝されるときに産生されるCO2によりVCO2の増加する割合が大きくなるためです。運動強度が高くなりATを越えた直後は、VEはVCO2と平行して増加するので、VE/VO2とPETCO2は増加しますが、全身的な代謝性アシドーシス状態が進行していないのでCO2に対する過換気は生じすVE/VCO2と呼気終末二酸化炭素分圧(PETCO2)は変化しません。この時期をisocapnic buffering(増加した乳酸がHCO3-によて緩衝される時期)とよび、運動強度がATを越えたときのみにみられる特異的な現象です。運動強度がさらに増加すると、アシドーシスに対する代償的過換気が発生し、VEはVCO2の上昇を上まわって増加します(RC point)。この乳酸性アシドーシスに対する呼吸性の代償により、VE/VO2はさらに増加し、VE/VCO2は増加し始め、PETCO2は減少します7)。
1)AT(Anaerobic thesshold)
ATは有気的なエネルギー産生に無気的なエネルギー産生機構が加わる直前の運動強度(VO2)と定義されています8)。ATは(外)呼吸-循環-代謝の総合的な運動能指標であり、これを規定する因子は大別して骨格筋への酸素輸送量と骨格筋での酸素利用能であり、前者は心拍出量、血流配分、末梢血管拡張能ならびに動脈血酸素含有量、後者は酸素抽出能、ミトコンドリアの質・数、酸化的リン酸化酵素活性などに規定されています。ATを越えた運動を続けると血中乳酸濃度は継続的に上昇し、結果として運動を中断することになります。運動強度がAT以下であれば、運動に必要なエネルギーは好気的に供給され乳酸濃度は上昇しません。この場合、運動は基質の枯渇、高体温、筋肉痛などの因子により制限されない限り、長時間継続することができます。臨床的には日常の活動レベルを表す指標として、また心疾患患者ではfunctional capacityを客観的に表す指標として利用されています。すなわち心疾患患者でのATはpeakVO2とともにNYHA心機能分類と相関の高い指標で9)、最大下運動負荷で得られる指標であることも特徴の一つです(図4)。ATを決定するためにいくつかのクライテリアが提唱されてきました。それらのうち比較的よく用いられているものを表1に示します。中でもV slope法10)は最もよく用いられていますが、この際用いるデータは運動開始後Rが一旦減少し、その後一定となるか、増加に転じた後からRC pointの前でのものを用いなければならなりません(図5)。同じ運動様式では男性が女性よりも高く、年齢増加とともに低下していきます(図6上段)。運動習慣のある例では高くなるので、正常値はどのような対象から得た数値であるかを考慮する必要があります。また、トレッドミルの方がエルゴメータ負荷よりも10~20 %ほど高くなります。
2)RC(respiratory compensation point)
VE/VCO2が持続的な上昇を始め、ETCO2が持続的な下降を始める点をRC pointといいます。RC出現後は、短時間のうちアシド-ジスが進行するので運動負荷強度が生理学的に最大に近いレベルに達したことの参考所見として用いることができます。
RCにおける呼気終末二酸化炭素分圧(PETCO2)
健常例でのPETCO2は安静時にはわずかながら存在する換気血流不均衡のため動脈血中二酸化炭素分圧(PaCO2)よりやや低く、運動中には呼気中平均二酸化炭素分圧がPaCO2に近づくため逆にPaCO2より高くなります(図7左)。しかし、心不全例では安静時から前述した理由でPETCO2は PaCO2より明らかに低く、これは運動中でも解消されません(図7右)。従って、PETCO2が最高値をとるRC pointでの値は運動中の肺血流量(≒心拍出量)に比例します。
3)VO2max(maximal VO2:最大酸素摂取量)
漸増負荷試験ではVO2は運動強度の増加により直線的に増加するが、VO2 maxは負荷量を増加しても酸素摂取量がそれ以上増加し得ない状態、すなわち頭打ちの状態(leveling off)となった時点でのVO2と定義され、運動による心拍出量の増加と酸素利用能が限界に達したことを示す所見です。被検者の負荷に対する意欲や自覚症状に依存しない客観的な指標で、個体の持つ最大運動能力を示す生理学的に意味の大きい指標であり、次のpeak VO2(最高酸素摂取量)とは区別されます。
4)Peak VO2(maximumVO2:最高酸素摂取量)
運動負荷試験の終点(end point)に達した時点の酸素摂取量であり、VO2maxの代用として運動耐容能の指標として用いられるが、その評価には負荷中止に至った理由を十分に考慮する必要があす。通常、運動終了直前の30秒間のVO2の平均値を採用します。ATと同様に男性が女性よりも高く、加齢とともに低下しますが(図6下段)、その低下の割合はATよりも大きくなります。すなわちAT/PeakVO2は加齢とともに低下します。臨床ではmaximalVO2の代用として用いられ、酸素輸送能の最もよい指標であり、重症度分類の客観的評価に用いられると同時に心不全患者の生命予後指標として、また治療効果判定や運動療法の効果判定などに汎用されています。
5)仕事率(Work Rate)に対するVO2増加:ΔVO2/ΔWR
運動中の酸素摂取量の増加程度はΔVO2/ΔWRとして表されます。これは運動強度の定量可能な自転車エルゴメータなどによるramp負荷試験で得られる指標で、VO2の傾きです。しかし、ramp負荷中のVO2の増加の程度は全経過を通じて必ずしも一定ではなく、健常例では運動強度がある程度強くなると体温上昇や呼吸筋の酸素消費増大などによりVO2の増加の程度が増し、ΔVO2/ΔWRは増加します。逆に虚血性心疾患では、局所心筋虚血が出現した場合、心拍出量の増加不良を反映してΔVO2/ΔWRは減少します。そこで通常ramp負荷開始後60~90秒後(時定数の3~5倍)からATを少し越えるレベルまでのVO2のプロットを一次回帰して求めます。この指標を決定する因子は一定の運動強度に対する酸素摂取量とその強度の運動に対する酸素摂取量の応答速度です。つまり、心疾患例では健常例に比して同じ外的仕事を行うのに必要な酸素摂取量は少なく、同時に運動強度増加に伴う時定数の延長が著明なことを意味します。また、ΔVO2/ΔWRが低値であることは、運動筋での酸素消費量の増加に見合うだけのVO2が増加しないことを意味し、その結果O2 defficitが増大して運動時間は短くなります。すなわち運動中の心拍出量の増加の程度が末梢の酸素需要に比して不足していることを表しているのです。ΔVO2/ΔWRの正常値は10~20watts/minのramp負荷試験では10~11 ml/min/wattsで、心機能障害が進行すると低値となり(図8)年齢や性別による差はほとんどありません。なおこの指標はramp slopeが急峻になるほど低下するので、異なったプロトコール間での比較は困難です。
6)VE-VCO2 slope、minimumVE/VCO2
いずれの指標も心不全でみられる代償的な過換気と関係した指標です。VEはRC point以下では基本的にPaCO2により調節されています。運動中のPaCO2は心不全でも健常例でもほぼ40mmHgで一定であり、VCO2に対する肺胞換気量(VA)には差がありません。従ってVEを増加させている要素は死腔換気量(VD)であり、心不全での呼吸パターンの変化と換気血流不均衡VD増加の主たる原因です。すなわち心不全例で、運動中の肺毛細管圧の上昇や肺胞壁・間質の浮腫などはコンプライアンスの低下を招き、一回換気量増加を妨げます。そこでVEを増加させるためには呼吸数を増加させ、いわゆる浅く速い呼吸となって、解剖学的死腔に起因するVDが増加すのです。一方、運動中の心拍出量の増加が少ないことは、いわゆるhigh V/Q mismatchによるVDを増加させ、併せて心不全での運動中のVDを増すこととなり、その結果VCO2に対するVEが増加します(VE=VA+VD)(図9)。minimumVE/VCO2は呼吸性代償開始点(RC point)で得られ正常上限はおよそ32です。
●おわりに●
最近の心肺運動負荷試験の普及に伴い、心疾患を始め多くの病態における運動中の呼吸・循環動態が解明されるようになりました。これは同時に臨床医を含め関係するスタッフにも循環系ばかりでなく換気-呼吸系、代謝系に関しても正しい知識と理解力を持つことが要求されるのです。その上で換気指標を正しく利用すれば、心肺運動負荷試験は臨床医学に大きく貢献するとができると考えられます。
図の説明
図1:①第Ⅰ相:運動開始直後約20~30秒間の急速なVO2の増加の時期で末梢骨格筋からの静脈還流が肺に到達しないので、心拍出量の増加を直接反映する。②第Ⅱ相と呼ばれ、VO2は指数関数的に増加する。③第Ⅲ相:AT以下の運動強度では3分以内に定常状態に達する。このときのVO2の絶対値④は心疾患例で低く⊿VO2/⊿WR、の低下の主な原因となっている。⑤:O2 defficit(酸素不足)⑥:O2 debt(酸素不足)。運動中のO2 defficitが多くなればO2 debtも増加し、運動終了後のVO2時定数(τoff)は延長する。
図2:健常例における運動開始時酸素摂取量の立ち上がりの時定数(τon)。運動強度が増加するに従って延長する。τonを求めるには運動耐容能に見合った運動強度を選択しないと求めにくく、健常例では50 watts前後、心不全例では10ないし20 wattsが適当である。
図3:運動終了後のVO2時定数(τoff)を示す。この時定数も運動強度が増加するにつれて延長するので、このように最大負荷試験で比較するよりも、同一負荷量の一段階負荷試験で比較した方が心機能分類や心不全重症度をよく判別できる。
図4成人健常男性、女性の予測AT, およびpeakVO2に対する実測値の割合をpercent of predicted AT, percent of predicted peakVO2として心疾患患者のNYHA心機能分類との関連を示した。percent of predicted AT, percent of predicted peakVO2ともに重傷度が高くなるに従って低値をとった9)。
図5breath-by-breathで測定したVO2-VCO2 関係からATを求める。図には運動負荷試験開始から負荷終了までのVO2-VCO2関係が示してある。図のAからBの部分は、末梢で産生されたCO2 が周囲組織にある程度まで溶解するためslopeは小さい。BからCの部分は(segment 1: S1)通常約45°となることがわかっており、CからDの部分(segment 2: S2)はで傾きは増す。DからEでは代謝性アシドージスに対する呼吸代償のため傾きはさらに急峻となる。(A : rest, B : warm-up開始: C : AT, D : RC, E : peak)11)
図6:上段はAT、下段にはpeakVO2の基準値を示す。いずれも女性より男性が高値を呈し、年齢とともに低下する12)。
図7:肺血流量とPETCO2の関係を示す。上段左は健常例での漸増負荷試験中のPaCO2とPETCO2の関係を示す。安静時でPaCO2>PETCO2であるが運動強度が強くなるとPaCO2<PETCO2となる。しかし心不全例では右の図のように運動中でもPaCO2>PETCO2の関係は変わらない。その理由は心拍出量が少ないと肺血流量(Q)が低下し、非灌流肺胞の低PACO2がPETCO2を低下させるからである。
図8:⊿VO2/⊿WRの求め方と、心機能分類との関係を示す13)。
表1
呼気ガス分析法によるAT決定のためのクライテリア
①ガス交換比(R)の運動強度(VO2)に対する上昇点。
②VCO2のVO2に対する上昇点(V slope method)。
③VE/VCO2が増加せずにVE/VO2が増加する点。
④終末呼気CO2濃度(PETCO2)が変化せずに終末呼気O2濃度(PETO2)が増加する点。
⑤VEのVO2に対する上昇点。
文献
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