心肺運動負荷試験とは

- Cardiopulmonary Exercise Test -

Akihiko Tajima and Haruki Itoh


●要旨●

近年、呼気ガス分析を併用した心肺運動負荷試験(CPX)が心臓リハビリテーション医学やスポーツ医学、循環器病学の分野にも取り入られるようになってきた。そのため運動中の心ポンプ機能や血流分布をはじめ末梢のエネルギー代謝に関する情報が得られるようになった。特に最高酸素摂取量(peak VO2)やanaerobic threshold(AT)は呼吸・循環・代謝の総合的運動耐容能指標として、競技者の持久力測定やトレーニングに利用されるだけでなく、心不全における心機能分類の指標や、治療効果判定、運動耐容能測定および運動療法やリハビリテーションの際の運動処方作成などに利用されている。本稿では心肺運動負荷試験の理論的背景並びにその意義について概説する。

●酸素摂取量、二酸化炭素排泄量、分時換気量の運動中の動態について●

 図1は運動中の各臓器の機能的な相互作用を示している。筋における酸素消費量(QO2)の増大は、筋を灌流している血液から抽出した酸素量の増加、末梢血管床の拡張、心拍出量(一回拍出量と心拍数の積)の増加、肺血管の動員と拡張による肺血流量の増加、および換気量の増加などによって達成される。歯車は同じ大きさで示してあるが、このような連関の各成分における変化が同じであることを意味するものではない。例えば、心拍出量の増加は代謝率の増加よりも小さい。この結果、著しく激しい運動中では血液から筋への酸素抽出が増加し、筋から血液への二酸化炭素排泄が増大することになる。一方、中程度の運動強度では、換気量は静脈環流によって肺に運ばれる新生の二酸化炭素にほぼ比例して増加する。激しい運動中は、代謝性アシドーシスが発生し、この代謝性アシドーシスを呼吸性に代償するために換気量の増大を招くことになる。

 図2は、自転車エルゴメータによって4分間の無負荷運動でウォーミングアップを行ったのちに、1分ごとに運動強度を増加した運動負荷中の換気とガス交換の変化を示している。運動強度が増加するにつれてVO2、VCO2、VEが直線的に増加して、ATに達する。 AT以上の運動強度では、有気的代謝によるCO2産生に加えて重炭酸系による乳酸の緩衝作用の結果としてのCO2産生も加味されるので、VCO2はVO2よりも速く増加する。VEはVCO2と比例して増加するのでAT以上の運動強度では、VEはVO2に対してVCO2と同様に増加の程度を増すためVE/VO2も上昇する。一方 VE はVCO2に対してその関係は呼吸性の代償の開始点(RC)までは変化せず、VE/VCO2はRC pointから上昇し始める。よってVE/VO2の最低値はATを表し、VE/VCO2の最低値はRCを表すこととなる。

●呼気ガス分析装置の原理と種類について●

一般に心肺運動負荷試験を行う時には、連続呼気ガス分析装置を使用する。連続呼気ガス分析装置は流量計、酸素濃度計、二酸化炭素濃度計からなる測定部分と、それらの測定値からVO2、VCO2、VEなどの基本的パラメータを計算する演算部、さらにこれらのデータに心拍数や血圧などを加えて、モニター画面に表示したり、ATなどを決定するための解析部から成り立っている(図3)。ガス分析器と流量計の組合せによる測定モードにはbreath-by-breath法とmixing chamber法がある(表1)。 breath-by-breath法とは、呼気と吸気のガス濃度の差からVO2、VCO2を求める方法である(図4)。一方、mixing chamber法は呼気ガスをmixing chamberに集めmixing chamberからサンプルを測定部へ導き、そのガス濃度を測定し、呼気流量との積を求めて・VO2や・VCO2を算出する方法である(図5)1,2)。定常状態(steady state)を前提とすればmixing chamber法が価格や安定性の面で優れているが、定常状態でない状態では誤差が大きくなり測定値の信頼性はきわめて低くなる。したがって漸増負荷試験にはbreath-by-breath法が適しているといる3)。

●負荷試験プロトコールの種類と方法について●

 1)一段階負荷試験

 運動負荷試験の最も基本的なプロトコールは一段階負荷試験である。負荷に対する心拍数、血圧、VO2などの呼吸循環指標の応答を分析するために、生体に対して短形波型の負荷を入力し、それに対する出力、即ち各指標のパターンを解析することにより多くの情報が得られる(図6)。すなわちある指標の負荷開始時におけるtime delayや立ち上がりの時定数、amplitudeなどからその生体の負荷に対する応答を簡単に分析できる。同時に負荷終了後のいわゆる回復過程におけるパターンも重要である。しかし、この方法が研究目的は別として、一般臨床であまり汎用されない理由は、一回の負荷試験で一つの運動強度に対する反応しか検討できないためである。したがって、一般的には漸増負荷試験がよく用いられている。

 2)多段階漸増負荷試験

 多段階負荷試験法の中ではBruce法4)が最も繁用されている。しかし、Bruce法は本来潜在心疾患患者の虚血誘発を目的としたものであり、このため負荷量の漸増幅が大きく、第一ステージで・VO2として約17~18ml/min/kg(約5METS)相当の負荷がかかる5)。また歩行スピードが速く、足の短い日本人には不向きであり、換気指標はステージごとに大きく変化するのでATは求めにくく、呼気ガス分析を目的とした負荷試験としては問題がある。

 3)Ramp負荷試験

 直線的漸増負荷法、すなわちRamp負荷法はWhippら6)により提唱された運動負荷法で運動強度を直線的に増加させる方法である。これは定常状態にはとらわれずに『安全で、かつできるだけ短時間に、必要なデータを得る。』という負荷試験の本来の条件を満たすために考案されたものである。Whippらは、4~8分のramp負荷により、

 ・Maximum VO2(Peak VO2)

 ・AT

 ・Work efficiency

 ・Time constant for O2 uptake kinetics

の4つの重要な指標が得られることを示し、それ以来呼吸生理の分野でよく用いられるようになった。

●心肺運動負荷試験からなにがわかるか

1)一段階負荷から得られる情報

図6に示すとおり、・は第・相(Phase・)で運動開始直後約15~30秒間急速に増加する時相で、cardiodynamic phaseとも呼ばれている。・は第・相(Phase・)でゆっくりと上昇する時相で、AT以下の運動強度では2~3分で定常状態に達する。・は第・相(Phase・)でAT以下の運動強度では3分以内に定常状態となりプラトーに達する。・は・VO2の立ち上がり時定数。安静時から定負荷時の定常状態の約63%に達するまでの時間である。・は組織における酸素摂取消費量を示す。・は酸素摂取不足(O2 deficit)、・は酸素負債(O2 dept)を示す。

2)Ramp負荷で得られる情報

 AT:Wassermanら7)は、ATを『有気的代謝に無気的代謝が加わりそれに関係したガス交換の変化が生じる直前の運動強度または酸素摂取量』と定義した。運動強度が増加し、有気的代謝で産生されるエネルギー(ATP)だけでは不十分になると解糖系でのATP産生が高まり乳酸が産生される。このことにより過剰のCO2が排出されCO2濃度の増加による刺激は換気を亢進させ、換気量の非直線的上昇を生じさせる(図7)。

 Peak VO2(Maximum VO2)・Maximal VO2(VO2max):Peak VO2(Maximum VO2)は特定の漸増運動負荷試験において得られた最大の酸素摂取量であり、どんな試験でも呼気ガス分析さえ正確に行っていれば、簡単に必ず得られる指標である。しかし負荷終了についてはなんら条件はないので、検者や被検者の主観に大きく依存し、客観的な指標とはいえない。一方、よく用いられる最大酸素摂取量Maximal VO2(VO2 max)は『負荷量の増加にも関わらず・VO2がもはや増加しなくなった時点(leveling off)のVO2』と定義されており、各stageの時間が長い多段階漸増負荷試験では求めることはむずかしい。しかし、これは個体の最大運動能を表す指標でありきわめて利用価値は高い。

●心肺運動負荷による心機能の評価●

 1)心不全重症度分類とAT・Peak・VO2

 心肺運動負荷試験により心不全の重症度分類を試みたものとしてはWeberらの分類がある8)。運動中のVO2と心拍数、血圧、心拍出量などの循環諸量との対比において、VO2max(実際にはpeakVO2)によるclass Aからclass Dの分類は説得力のあるものであったが、残念ながらATの決定法に誤りがあり、submaximal indexによる重症度分類には至らなかった。

ATやpeakVO2をNYHA心機能分類のような分類と関連づけるためには、Percent of predicted AT(%AT)およびPercent of predicted peak VO2(%peak VO2)のように年齢、性別を考慮した補正が必要である。たとえばNYHA心機能分類class・の20歳の男性の運動耐容能は、健常な70歳の女性のそれを上回ることは十分予想されるからである。図8にはNYHA心機能分類と%ATとの関係を示す。・VO2/・WRも重症度と共に低下し、心不全では末梢への酸素輸送能が低下していることが示される(図9)。

 

●運動療法・リハビリテーションへの応用●

 以前から糖尿病、軽症な高血圧症を初め多くの慢性疾患に対して運動療法の効果があることが知られているが、最近では虚血性心疾患、心不全、心臓手術後患者などでも運動療法が行われている。そこで、運動療法を行う際には運動処方が必要で、対象例の疾患の種類や重症度、運動種目に対する興味などをふまえて安全でかつ効果の高い運動強度を設定する必要がある。運動強度設定には『Borg指数』、『最大心拍数を測定し、karvonen法を用いる方法』、『二重積の変曲点(DPBP)を用いる方法』、『心肺運動負荷試験によるATを基準とする方法』などがあるが『心肺運動負荷試験によるATを基準とする方法』がきわめて安全で且つ正確である。運動処方での運動強度を設定する際、健常例を対象によく行われている、submaximal exerciseでの心拍数から最大仕事率VO2maxの推定から運動強度を設定する方法9)は、少なくとも高齢者や疾患を有する患者には使用すべきではない。なぜなら間接的なVO2max決定法は以下のすべての条件を前提として成立するからであり、そのほとんどは若年健常例以外では成り立たないからである。

・ 軽度ないし中等度の運動におけるVO2と心拍数の関係は最大負荷まで一定である。

・ 対象例の最大心拍数が症例の背景から決定できる(220-年齢など)。

・ 機械的運動効率に個人差はなく、運動強度とVO2との関係はつねに一定である。

 運動耐容能は、疾患の重症度や年齢、日常生活レベルなどにより症例ごとに大きく異なっているし、この間接法において使用しているparameterの多くは、健常例の、しかも他民族の平均値を使用していることがあり、推計学的にも問題の多い手法を用いている。また、外的仕事率を基準に運動強度を考えることは生体の適応能力や運動効率の変化などを無視することになるので、比較的簡単にVO2が実測できる現在、心肺運動負荷試験を積極的に実施すべきである。

 1)心疾患患者のリハビリテーションにおけるATの応用

心疾患患者のリハビリテーションにおける心機能評価のおもな目的は、現在の心機能を把握してそれをもとにして運動処方を作成することにある。また、薬剤、リハビリテーションなどの治療効果の判定を行うこともその目的の一つである。治療効果判定の後には、再び運動処方を変更しなければならず、リハビリテーション中は随時、心機能評価を施行することが必要となる。詳細な血行動態の指標を得るには心臓カテーテル検査などの侵襲的方法が非侵襲的方法にまさるが、繰り返し施行するとなると侵襲的方法は不利である。またリハビリテーションのための心機能評価は運動に対する心機能の反応を知ることであり、ここでいう心機能評価は運動に対する各種諸指標の変化を知ることと換言できる。本目的のための運動負荷試験は測定された運動量をリハビリテーションの指標に用いるので、定量評価可能なものでなければならない。ATは最大負荷よりかなり低いレベルの負荷で測定が可能であり、AT測定を運動負荷試験の目的とした場合、安全性にも優れ、適応患者の範囲が拡大し、また主観的要素が少なく定量評価も可能であることなどの利点がある。また、ATレベル以下の運動は最大運動の約50~60%で全身的な代謝性変化、すなわちアシドーシスを起こす前の運動強度であるため、一定強度の運動が長時間可能であることや運動に伴う整形外科的障害を予防しやすいなどの運動療法上の利点をもっており、心臓リハビリテーションへ積極的にされている。

 2)運動強度の基準としてのAT

 まず運動療法において基本的な運動強度はスポーツ関係でよく使用されるところの、いわゆる“有酸素運動”である。循環器系に過度の負荷をかけず、すくなくとも一回30分以上、週に3~5日の持続が可能で、代謝内分泌系に進行性の変化を惹起しないレベルの運動であり、すなわちATレベル以下の運動である。 ATレベル以下では、乳酸の持続的蓄積はなく、acidosisにはならず、運動強度漸増に対する心機能の追従能は保たれている。したがってATを運動療法での運動強度の上限とすることは妥当と考えられる。

●おわりに●

運動強度が増加すると、ガス交換系とガス輸送系が動員され、エネルギー代謝の亢進は有気的代謝の増加によってまかなわれる。しかし、運動強度があるレベルを越えるとエネルギー産生は有気的代謝のみでは足りず、無気的代謝によって補足される。この一連の変化は連続的呼気ガス分析を通して観察することが可能となった。

呼気ガス分析によるATが臨床領域で利用されるようになったのは、応答速度が速いガス濃度計とコンピュータの進歩によるところが大きい。ATをはじめ多くの換気指標は、その病態生理学的な意義を十分理解し、正確な測定を行うことによって、循環器領域の心機能評価にとどまらず、他の多くの慢性疾患患者や一般健常人の日常生活での運動とのかかわり合いを促進し、また評価する指標として利用価値はさらに増していくものと思われる。

 

【参考文献】

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福田市蔵編、診断と治療社:418-448,1991.

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21)Wasserman,K. and McIlroy,M.B: Detecting the threshold of   

Wasserman,K. and McIlroy,M.B anaerobic metabolism in cardiac

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23) Itoh,H et al:Changes in oxygen uptake-work rate relationship as a

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【Key Word】

AT

 漸増負荷中に有気的代謝に無機的代謝の加わる直前の運動強度。すなわち有酸素運動の上限と言い換えることができ、日常活動レベルの良い指標であるとともに、持久力トレーニングや運動療法、心臓リハビリテーションの際の運動強度の指標として活用されている。

Peak ・VO2

 心肺運動負荷試験から得られる代表的指標で、個体の持つ最大運動能力の指標であるMaximal ・VO2の代用として、心機能分類、心不全重症度などを客観的に評価できる。現在、心不全患者の予後を推定するもっとも強力な指標とされ、米国では心移植候補者選定の主たる条件としてPeak ・VO2<14.0ml/min/kgが採用されている。


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